
皆さん、こんにちわ。
須田雅勝(すだまさかつ)と申します。
今日は私の公式プロフィールということで、私が一体何者なのかということや、なぜ行政書士になったのかなど、色々自己紹介をしていけたらと思います。
元々は陸上自衛隊に就職し、社会人の方とは全く異なる仕事をしていました。180度違うことをしていました。
自衛隊の中には職種というものがあり、「戦う」ことについての部署が分かれています。例えば、会社においては営業があり、総務があり、会計があり、物の管理する部署があるといった感じです。
その中で私は普通科という昔でいう歩兵部隊にいました。いわゆるマンパワーをもって最前線で行動するようなイメージです。普通科の中でも迫撃砲部隊という最前線から約5km離れた位置から砲弾を発射する部隊に所属していました。
入隊した時は陸士という昇進しないと辞めなくてはいけない階級にいましたが、無事に中間管理職である陸曹に昇進することができました。その後、幹部になれる機会があり試験に合格し、幹部としての道を歩み始めました。
陸曹までは埼玉県大宮市にいましたが、幹部となり静岡県御殿場市、東京都練馬区、福岡県久留米市、宮城県仙台市、福島県郡山市と職場を移動しました。
仕事も年数を重ねるうちに司令部で仕事をしたり、より全般的な仕事をしたり、パソコンで訓練の計画を作り、実行したり、また部下も多くつくようになりますので、その指導役もしました。
幹部として仕事をし、忙殺される感じであっという間に40代を超えていました。この年代になると、退職が見えてきます。
自衛隊は60歳前に一度退職します。どんな仕事があるのか、また先輩たちの退職後の再就職をみて、ふと疑問に感じました。自衛隊での就職には必ず、第1の人生を自衛官の人生としたならば第2の人生という再就職の人生が待ち受ける現実です。
最近では一般の会社の方も定年退職し、新たな人生を歩むことが多くなりましたが、それは自らのスキルを活かした再就職が多いと思います。
自衛隊を定年退職した後の第2の人生は、ほぼ、自衛隊で培ってきたスキルを活かせる職業はありません。戦うため、誰かを救うための仕事をしていたので、一般の社会のように利益を追求することはないので当然ですよね。
階級社会から一般社会への適応が難しく、また20代前後の先輩から教えてもらうギャップから第2の人生はうまくいかないことが多く、先輩が早々に辞め、再々就職するということが頻繁にあるということに愕然としました。
せっかく自衛隊として頑張ったのに第2の人生でつまづくことがある現実に、考えさせられ、結論として自分で手に職があったならば、自らの努力と力で稼いでいきたいと思ったのです。
そういった事を考えていた時に、人事をやっていた同僚から行政書士という職業が存在することがわかり、これなら一生続けることができると思い、懸命に勉強しました。
私にとって幸運だったのは、郡山市の商工会議所で行政書士のビジネススクールがあったことです。そこに仕事を続けながら参加しました。新しいことを学ぶことは大変だったのですが、どうにか3年目で合格することができたため、自衛隊を退職し2025年8月に独立開業することができました。
自ら行動し、努力することで、人生を切り拓いていくことができるという自信が生まれました。行政書士として、お客様の悩みに寄り添い、法律によって共に解決できる方法を提案したいと思っております。
また、元自(元自衛官)として現役自衛官の皆さんの苦しみや悩みについてわかっておりますので、恩返しの気持ちも込めて法律を主としたサポートしていきたいと思っております。
このブログでは、ノウハウや時事問題、想いについて定期的に発信していきたいと思います。もしご興味のある方につきましては、公式ラインアカウントやSNSを用意していますので、ご登録していただければと思います。